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仙台高等裁判所 昭和30年(ネ)332号 判決

控訴人 仙台市

被控訴人 西村健二郎 外一名

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人両名に対し各金二十五万円及び内金二十万円に対する昭和二十七年一月二十一日より、内金五万円に対する昭和二十八年十月一日より、各完済に至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

被控訴人のその余の請求(当審に於ける請求拡張部分)を棄却する。

第一審に於ける訴訟費用は全部控訴人の負担とし、第二審に於ける訴訟費用は、被控訴人両名及び控訴人の各自の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

控訴人仙台市が被控訴人等主張の如き乗合旅客自動車運送事業を営んでいること、被控訴人等主張の日時、場所に於て、被控訴人等の二女西村百合(当時九才)が控訴人仙台市の右事業の執行として、その被用者である自動車運転手訴外中山弘及び車掌訴外河野文夫の操縦又は搭乗する被控訴人等主張のトレーラバスに轢かれ死亡したことは、当事者間に争がない。

しかして、当裁判所は、成立に争のない甲第三十一ないし第三十五号証(但し乙第三十一号証は一部)、原審証人千葉忠夫の証言により成立を認め得る乙第一、第二号証(各一部)、成立に争のない乙第三号証、乙第五号証、乙第八号証(一部)の各記載、原審証人三塚新六、横山貞子、山本善雄、三浦貞子、石垣典子、河野文夫(一部)、中山弘(一部)、小泉年夫(一部)の各証言、原審に於ける被控訴人西村智恵子本人尋問の結果並びに原審に於ける検証の結果を綜合して、右事故は前記運転手並びに車掌の過失に基因して発生したものであり、且つ被害者西村百合には控訴人仙台市主張の如き過失がなかつたものと判断するところ、その事実の認定並びに法律上の見解は、この点に関する原判摘示理由と同一であるから、ここに之を引用する。甲第三十一号証、乙第一、第二号証、乙第六号証、乙第八号証、乙第九号証、乙第十一号証、乙第十四号証中、右認定に抵触する部分、原審証人河野文夫、中山弘、佐藤吉男、小泉年夫、後藤伍郎、原審及び当審証人千葉忠夫の各証言中右認定の趣旨に反する部分、はいずれも措信し難く、その他に右認定を左右するに足る証拠はない。

次に、右に認定した事実に、成立に争のない乙第七号証、甲第三十二、第三十三号証の各記載、原審証人三塚新六、河野文夫、山本善雄、後藤伍郎の各証言並びに原審に於ける被控訴人西村智恵子本人尋問の結果を綜合すると、前記日時場所に於て、前記トレーラバス発車の直後、被害者百合が前記の如く路面に転倒し、被控訴人智恵子の叫びで右バスが一旦停車したる際には、同バスの被牽引車の左側後車輪が百合の背腹の部分約三分の一位に乗上げていたこと、そして路面と右車輪にはさまれた百合は車体の重圧に甚大な苦痛をなめ、死の危険よりのがれんと必死にうめきもがく間に、百合を懸命に救出せんとする被控訴人智恵子に対し苦しい咽喉元より「お母さん、痛いよ」と三回位も繰り返し訴えていたが、間もなく前記の如く右バスが前進し、右後輪が背腹を乗越え通過したため、遂に死亡するに至つたことを認め得べく、右認定を覆えすに足る証拠はない。

右の事実によれば、被害者百合は本件事故により死亡するに至る前、時間的にはごく短かい間ではあるが甚大な精神的苦痛をうけたること明白である。したがつて同女はその死亡の直面に於て控訴人仙台市に対し慰藉料債権を取得したるものというべきである。又右百合の死亡により、その両親である被控訴人両名に於てうけたる精神上の苦痛もまた誠に甚大なものであることは、弁論の全趣旨により明白なところであるから、被控訴人両名も控訴人仙台市に対し各自の慰藉料を請求し得べき筋合である。

よつて、右各慰藉料債権の額について按ずるに、当裁判所は、右百合の取得した慰藉料の額は金二十万円であり、被控訴人両名の取得した慰藉料の額は各金十万円宛であると各判断するところ、その理由は此の点に関する原判決摘示理由と同一であるから、ここに之を引用する。被控訴人両名は被控訴人両名に於てうけたる右の精神上の苦痛は各金三十五万円宛の慰藉料を以て慰藉せられるべき程度のものであると主張するけれども、本件に現われた全資料によるも右主張を認めて前段認定を覆えすに足らない。そして右百合は本件事故により死亡する直前三回位も「お母さん痛いよ」と訴えたことは前記認定の通りであるから、他に特段の事情なき本件に於ては、右百合はその死亡直前に前記慰藉料債権を行使する旨の意思を表示したるものと解するを相当とするを以て、百合の慰藉料債権は之により移転性を有するに至つたというべきところ、成立に争のない甲第一号証の記載によれば、百合の遺産相続人はその両親である被控訴人両名であることが明らかであるから、右百合の死亡とともに被控訴人両名に於て百合の前記慰藉料債権を承継取得し、各自二分の一の権利を有するに至つたというべきである。

次に、原審に於ける被控訴人両名の各本人尋問の結果、同結果によりいずれも成立を認め得る甲第四号証の一ないし五、甲第五ないし第十九号証、甲第三十号証の各記載並びに弁論の全趣旨を綜合すると、被控訴人両名は本件事故発生当日である昭和二十七年一月二十日から同年三月十四日までの間に、百合の受診費、葬式費用(七々忌までの供養、埋葬、及び之に通常必要な接待、飲食、返礼、交通費などを含む)として金十万円を下らない金員を支出したことを認めるに十分であつて、右認定の妨げとなる証拠はない。そして右の出費も、もとより叙上車掌及び運転手の不法行為に基因して生じたる通常の損害であると解すべきであるところ、被控訴人両名は被害者百合の両親として右の出費をなしたること前記の通りであるから、他に特段の事情なき本件に於ては、被控訴人両名は各々その二分の一宛につき之が賠償を求め得るとなすべきである。

そうすると、控訴人仙台市は民法第七百十五条の規定に基き、被控訴人両名に対し各金二十五万円及び慰藉料金二十万円に対する叙上不法行為の翌日たる昭和二十七年一月二十一日から、物的損害金五万円に対する本件訴状送達の翌日なること記録上明白な昭和二十八年十月一日から、各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、それぞれ支払うべき義務あること明白である。したがつて被控訴人等の本訴請求は右の義務の履行を求める限度に於て正当にして之を認容すべきも、その余の請求(当審に於て拡張せる部分)は失当なるを以て棄却すべきものとす。

よつて当審における請求の変更により右と結論を異にする原判決は之を変更すべきものとし、民事訴訟法第三百八十六条、第三百八十四条、第九十六条、第九十二条、第八十九条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井義彦 上野正秋 兼築義春)

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